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2021-04-20

『理事長のひとりごとvol.52』~「東条湖に想うこと」

  若葉の緑が目にも鮮やかな季節となり、めっきり暖かくなった春の風に誘われて東条湖へ行ってきました。

 東条湖は、鴨川ダムによってせき止められて出来た人造湖ですが、私の家から鴨川ダムの堰堤がすぐそこに見える位置にあります。余りに近いところにあるためかゆっくり行くことがなかったのですが、なにか惹かれるものがあって行ってきました。

 鴨川ダムは、加東市の加古川水系鴨川にある高さ43.5メートルの重力式コンクリートダムで、農林省(現農水省)の『国営東条川農業水利事業』の中心施設として、播磨平野中部の灌漑(注2)を目的として建設されました。1948年(昭和23年)の着工で、3年後の1951年(昭和26年)11月に有効貯水量838万m3の鴨川ダムが完成しています。ちょうど私が生まれた年の完成ですから、一緒に同じ時代を生きてきたことになります。完成後も農林水産省による直轄管理が行われる数少ないダムの一つで、加古川水系に建設された他の直轄ダムと総合的に管理されています。

サイレン
鴨川堰堤のプレート
東条湖の様子
堰堤周辺
遊歩道
付近の施設
導水路の様子

 ほぼ満水に近い静かな湖面を見詰めていると、村の長老の話を思い出しました。「この『鴨川ダム』の湖底には、かつて戸数7戸、 耕地面積8町歩(8ha)の戦後としては 豊かな暮らしの土井集落があった。その人達が移転に賛同してくれたお陰でこのダムが出来たのだ」と。

 そこで、堰堤の近くにある「近畿農政局鴨川ダム管理分室」の職員の方に、ロビーに展示してある当時の写真を見せて頂きました。(了解を得て掲載しています)

 写真には平坦な地形で豊かなみのりをもたらせてくれるような圃場が並んでいます。鴨川ダムの位置を示していますが、ここを堰き止めると全体が大きな池になると思いました。

土井集落

 その昔、大正13年の播州地方を襲った大旱ばつの救済対策に悩んでいた、旧:市場村長(現:小野市)の近藤準吉翁(注3)が残された言葉『天恵の地形、土井は池になる!』(注4)は本当にその通りだと思いました。

建設工事中の様子
建設工事の様子

 時代は変わり、戦争など幾多の変遷を経ながら、太平洋戦争後、農林省所管の灌漑用水専用の国営コンクリートダム第1号として誕生しましたが、現在では上水道用水としても利用されています。

 この土井集落の皆さんは、黒谷地区、古家地区、常田地区に別れて編入されています。当時はいろいろな葛藤や軋轢があったことだと思いますが、現在ではそれぞれの子孫の方々が各地区で活躍されています。

 さて、鴨川ダムも完成からかなりの年数が経過し、昭和62年から平成8年にかけて国営造成土地改良施設整備事業において、ゲートの改修や堤体の補修などの施設改修が行われました。(注4)

 また、現在国営土地改良事業「東条川二期地区」で小野市まで続く幹線水路の改修工事などが始まろうとしています。

 このように、恵まれた環境の中で特産の酒米「山田錦」を栽培することが出来ていることに感謝しながら、その陰には先人の方々の並々ならぬ努力とふる里を思う熱い心のお陰であることをあらためて感じました。

注1)減勢工(げんせいこう)・・ダム等の放流設備において水勢を抑制するための設備

注2)灌漑(かんがい)・・河川や地下水、湖などから水を引き、農業物を育てるために田や畑へ人工的に給水をしたり排水をしたりすること

注3)近藤準吉翁・・国営東条川地区の「兵庫県東播土地改良区」初代理事長近藤次(ヤドル) 氏の父

注4)出典①:東播土地改良区『水土里(みどり)ネット県東播』改良区の歴史

出典②:一般社団法人 農業農村整備情報総合センター ホームページ『水土(すいど)の礎』

※鴨川ダムについて詳しくお知りになりたい方は「鴨川ダム 改良区の歴史」または「鴨川ダム 水土の礎」で検索してください。

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